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日本とタイのへぇ~!!!な繋がり

始めてブログを書きます。最後には、みなさんの頭にへええ!!と思えるネタを書きたいと思いますので、最後まで読んでいただければ...!と思います☺


今回は、タイと日本の知らなかった!!(というであろう)事を書きます。

天皇陛下と、タイと、魚のお話です。


魚類学者である天皇陛下=今上陛下 明仁様(きんじょうへいか あきひと様)。

(自分のなかでは、正直、もう、へええええ!となってますけどね!)


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有名なエピソードのひとつにプラー・ニンという魚の話があります。

日本名「イズミダイ」または「チカダイ」とも呼ばれるこの魚、あまり耳馴染みがない名前ですが、「ティラピア(ナイルテラピア)」の名でいろんなところに流通しています。外来種で太平洋戦争後の食糧難の時代には貴重な蛋白源として重宝されました。
見た目はクロダイのようであり、味も鯛の身によく似ていますが、海水では育ちません。淡水魚なのです。

もともとエジプトから1962年に輸入されたもので、現在は養殖マダイの価格低迷とともに急速に生産量が減少しているそうです。ファストフードでよくある白身魚はナイル川で取れた魚、なんて言いますよね。たぶんこれですよ、ナイルテラピア。このナイルテラピア、ちなみに、あるサイトによるとその味は五つ星★で、「究極の美味」とまで書かれていました。(笑)刺身、ムニエル、フライ、塩焼きなど調理方法は多岐にわたる

みたいですね!

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さてさて、時は昭和39年(1964年)、東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが行われた年の暮れのこと。当時皇太子だった今上陛下が美智子妃殿下とともにタイをご訪問されました。

当時のタイ国民は戦後混乱期の日本と同様に蛋白質不足に陥っていて、その解決策を魚類に求めていました。陛下は魚の養殖試験場を訪れになり、タイ国王ラーマ9世(プミポン国王)とも会談され、当時養殖研究されていた品種ではなく、ティラピアを育ててみてはどうかとご提案されます。


タイから戻られた陛下は赤坂御用池で育てられたティラピアを50匹、翌年の春にタイへ寄贈されました。ラーマ9世は宮殿の池でそれらを飼育します。
ティラピアの特長である飼育しやすさと旺盛な繁殖力で、またたく間に稚魚を増やし、1万匹もの数が養殖場に運ばれました。


結果、テラピアはタイを代表する魚にまで浸透し、国民の栄養状態も改善。華僑により仁魚という漢字がつけられ、タイ語でもプラー・ニンと呼ばれて親しまれています。
「仁魚」の「仁」は陛下の明仁の名からとったもので、「プラー・ニン」の「ニン」もやはり仁の字から来ています。ちなみにプラーとはタイ語で魚のことです。


タイ国民の栄養状況を改善したティラピアは、その後も活発に養殖が進み、昭和48年(1973年)には非常事態宣言が出されるほどの飢饉がバングラデシュで発生した際にもタイからティラピアが50万匹贈られました。
また品種改良もすすみ、ティラピアを交配させた「プラー・タプティム」という赤魚もタイでは人気を博しています。いまやタイの輸出品目にまで成長したティラピアの養殖。そのきっかけを作ったのが今上陛下だったのですね。

ベトナムに行ったときにかわいい犬を子どもたちが連れていたので、犬と子どもと一緒に写真をとってもらいました!笑顔でこっちを向いてくれました!

人がいいね!と言っています。
AJITORA*古田佳苗
わかめ@バンコク
菊地恵理子@AJITORA
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