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海外インターンブログ

『シンガポール工業国!?』

『シンガポール工業国!?』



シンガポールと耳にして浮かぶイメージとはどんなものでしょう。

マーライオンをはじめとする観光スポットやシェントンウェイの金融街、多民族国家といったものでしょうか?

金融・観光大国としてのシンガポールという側面はみなさんにとっても馴染み深いものだとは思いますが、その一方で工業国としてのシンガポールを知る人はそう多くはないのではないでしょうか

 

わたしは8月に控えるシンガポールでのインターンシップを前に、私たちが知る現在のシンガポールに至るまでの過程における工業国家としての姿を知ることは同国にビジネスの機会を求めて進出してくる様々な企業と関わりながら働いていくうえで、必要なことではないかと感じ、理解を深めようと思いました。



1965年に新興独立国となったシンガポールですが、国土は狭く資源も豊富とは言えなかったため多くの不安を抱えていました。そこで誕生したのがジュロン工業団地でした。その後いくつもの工業団地がつくられ工業が発展したシンガポールは、東南アジア地域の中心にあるという地理的優位性に加え、空港や港湾が整備されたことにより、『東南アジアのハブ』としての機能を担っていくこととなります。同時に海外投資家に対して、いかにシンガポールがビジネスに適した場所であるかをアピールすることで国内への誘致をすすめていきました。さらに進出してきた企業を支援する税制・優遇措置を整えることで、シンガポールには海外資本が流入するようになっていきました。こうした取り組みに関しては世界銀行からも高い評価を受けており、2014年もビジネス環境世界1にランクされています


*税制の具体的な内容および、各工業団地に関しましてはリンク先をご参照ください。

 

 http://www.digima-japan.com/column/market/1326.html


結果として様々な国の企業が東南アジアビジネスの拠点としてシンガポールを選ぶようになり海外資本が流入、それに伴い金融が活発になったことで現在のシェントンウェイのような金融街が生まれていきました。また世界から多くの人が集まるようになったことでシンガポールには多様な文化が根付き観光も盛んになっていきました。

このように多くの人が良く知るシンガポールの姿になった今でも、工業国としての側面は残っており、自国産業の30%は製造業を行うと政府の政策により定められています。また、工業の種類も変化しており化学工業やソフトウェア開発など時代の流れに沿ってたくさんの成長を吸収しています。

 


以上、シンガポールの発展の過程とそれを支えてきたシンガポールの工業についてかんたんに追ってきたわけですが、こうした背景を前提知識として8月からは、新たにビジネスの機会を求めてシンガポールに進出してくる企業の方々とたくさんの関係を持ちながらインターンシップを行っていけたらと思います!



ゆきお@しんがぽーる

8月よりシンガポールにてインターンシップに参加させていただきます。
20歳ゆきお。はじめてのおしごと。

人がいいね!と言っています。
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